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2010年07月16日

7月、折り返し。

気がついたら7月が半分過ぎようとしております。
なんだか今月は前半切羽詰まっていて、毎日「明日が無事に終わりますように」と祈る思いですごしておりました。ちょっと大げさかもしれないけど、暑さと空調のせいで体調が思わしくない中だったので、なんとか無事に乗り切れて、ホッとしております。

しかしホッとしているのもつかの間、今月後半はまたあわただしく予定がつまっています。
前半ほどきついものではないけど、それでも体力、体調をちゃんと見極めて、無理せず乗り切りたいと思います。

と、この忙しい前半と後半の間に、ちょっとだけ夏休みしてきました。軽井沢に小旅行^^。
軽井沢は湿気が少なくて、ちょっと涼しいくらいだったけど、水が冷たくて気持ちよかった。
ブックカフェに寄って、お茶しながらアレコレ本を読み、温泉につかって、高原野菜を使った夕飯を堪能しました。帰りは軽井沢アウトレットに立ち寄って、ぐるぐる回遊していました。


梅雨が明ける前にわたしの夏休みは終わりました。。。脱力。
ショートケーキの苺を一番最初に食べたような気分です。
好きなものは最後までとっておくタイプなのですけど、お腹がすいているときに、一番好きなものを食べると、幸せ度は増しますね。

あとは暑さと湿気に耐えながら、色々頑張ります。。。冬休みに向けて。鬼に笑われそう。。。

2010年07月02日

7月。生放送。

クーラーが寒過ぎて、ちょくちょく具合が悪くなりそして復活、を繰り返しております。

今日行ったピラティスの先生とも「クーラーが辛いですよね。。。でも切ると暑くて駄目」と意見が一致しました。
実際、冬より夏のほうが体がよく伸びる気はするのですが、体が変に固まる部分があります。寒くて縮こまっている冬は,体全体が硬いけど、夏はどこだかよくわからないけど硬い部分がある。
結構ストレス溜まります。

そこで夏を快適に過ごす方法を色々考えています。まずは着るもの。汗が出るので、肌に張り付くようなポリエステル物は辛い。綿とか麻がグッド。もう洋服を選ぶ時は、素材が綿麻のしか手に取りません。
。。
あとは日傘。これだけでも結構暑さしのぎにはなります。

そして忘れちゃならないストール。足に、首に、ぐるぐる巻いて、クーラーの冷気を遮ります。
先日乗ったバスなんて、車内に足を踏み入れた途端「ここは冷蔵庫?」と思ってしまったほど寒かった。。。すぐさまストールを取り出して足ぐるぐる。ふくらはぎの冷え、お腹の冷え、肩の冷えは冬よりひどいかもしれません。
しかし夏はこれから。特に冷えやすい女子は頑張って冷房対策しなくちゃね。夏風邪にもご注意を。

ニュース、ツイッターにも書きましたが、明日NHK「海外ネットワーク」に出ます。
今月は明日の番組、「カシャっと一句フォト575」、そしてブックレビューの収録と続いております。
原稿の締め切りも待っているので、具合を悪くしている場合ではない。なんとか乗り越えたいものです。

2010年06月19日

日常にある危機。

ある朝のこと。その日はある舞台を見に行くため、それまでの時間、家で掃除やら洗濯やら用事をしていた。何かの拍子にふと目に違和感を感じた。痛いわけではなく、なんとなく何か入っているような感じ。

洗面所の鏡をのぞいて、思わず声が出た。「また。。。」

まつ毛が目の中に入っている。抜けたまつ毛ではない。目じりのまつ毛が目の中に巻き込まれているのだ。ちなみに目じりのまつ毛巻き込まれ現象は、わたしにはよくあることなのである。

いつ入ったのか、何で入ったのか、誰も教えてはくれない。。。(当たり前だけどね)。しかもこの日はこれまでで最強に手ごわかった。これまでなら、めんぼうでなんとか取れていた。今回はちょっとやそっとじゃ取れそうにないほど、目の中にまつ毛が入り込んでいる。実際めんぼうで格闘したが、全然取れなかった。

そういえば昔ドラマの撮影の時に、強風が吹いた途端、目に異物が飛び込んで開けられなくなったことがあった。自分で目をこじ開けて確認すると、黒目にあたりに何か小さな異物が確認できた。取るにも取れず涙が止まらなくなってどうしようもなくなり、撮影を中断しロケ先近所の眼科に飛び込んだ。
なんと目にものすごーく小さい突起物が刺さっていた。
「無理して自分で取ったら、危険だったよ」とお医者さんに言われたっけ。。。

今回は幸い痛みはない。目も開く。でもちょっと視界がぼやける。これから舞台を見るのに良いわけがない。
眼科に行こうか、と思った。近所に眼科はある。しかし間もなく眼科は休憩時間に入ってしまう。急いで行ってもたぶん間に合わない。午後の診察まで待てば、舞台に間に合わない。まつ毛のせいで一日のスケジュールが狂おうとしている。

一人で悶々と悩んだ。眼科へ行くべきか、我慢するべきか。どうしてまつ毛でこんなに苦しまなくてはならないのか。まつ毛はなんて罪深いのだ。痛くないのに。(ちょっと見えにくいけど)痛くはないのにー!(違和感はあるけど)

悩んだ結果、無謀にも再チャレンジ。自分で取ってみることにした。入っているのはまつ毛だと確認できる。突起物なら危険だけど、とりあえずここを切りぬけたい一心だった。

しばし格闘をし、危険を感じながらもなんとか取れた。まつ毛取れた途端、世の中はバラ色になった(んな、大げさな)。目じりのまつ毛は、目の中に入り込んでいた「くせ」をそのままに目じりでくたんとしている。ちゃんと抜かずに取れたのだ。まだこのまつ毛はわたしの一部なのだ。
これで眼科に行かなくていい。舞台にも行ける。目も良く見える。万々歳なのだ。

日常にはこうした危機が転がっている。いつ自分がその危機に巻き込まれるかは、わからない。。。

2010年06月10日

棚。

数日のちに、うちの小さな書棚を引き取り処分してもうらことになっている。
この棚、購入してから約15年ほど経った。当時は飾棚として買ったのだった。
そのころ、やっと自分の気に入った間取りの部屋への引っ越しがかなったばかりで、部屋をもっと自分の理想空間へしようと、インテリアに凝った。
そして雑誌で見かけた「自分の好きなものコーナー」なる飾棚の写真を真似してみたくなり、購入した。

写真や海外土産の置物や本など。自分の好きなものを並べて、毎日眺めていた。そのうち空間が足りなくなってきて、同じ飾棚を再度購入し、前のと並べてつかっていた。

飾棚は増殖する本を収納するだけとなり、いつしか本棚となった。途中で妹に一台(数え方はこれでいいのかわかりませんが)譲り、わたしのもとに残ったのは一番最初に買ったもの。もともと本棚としての作りではなかったので、本の重みに耐えきれずゆがみも出てきたけど、たくさん収納できるのと、長年使ってきた愛着もあって、ずっとそばに置いていた。が、ついに処分することになった。

詰め込んだ本を取り出し、空っぽになった本棚は元の飾棚になっていた。
処分する前にせめて磨いておこうと、タオルでごしごしと磨く。目には見えなかった長年の汚れが浮き出て、タオルは汚れ、飾棚はみるみる綺麗になっていった。

よく見ると、角の部分はぶつけた跡があるし、綺麗になっても新しくなったわけではない。

処分する前になって切ない思いがこみあげる。まだ十分使えるではないか。でも予定は変わらない。
もうこの棚を置く場所がないからだ。

人が持てるものはある程度決まっている。洋服だっていくら持っていても、一日そう何度も着替えるわけもなく、そのうち着ないで忘れてしまう服が出てくる。家具だって、自分の部屋の間取り以上のものを置けない。無理して置くと自分の部屋だというのに、自分のいる場所がなくなってしまうから。
自分の手元にあるものをどれだけ愛用し、持ち続けられか、わからない。この棚はわたしが持っている家具の中で2番目に古いものだ。一番古いチェストは、まだつかっており、処分の予定は当分ない。

アレコレ買い集めたものは、いつのまにかどんどんなくなっていく。そして代わりになるものを買っている。ものを買いかえるのは楽しいけど辛い。持てなくなったものを捨てなければならないから。

なるべく捨てたくはないけど、またこれから先もこの飾棚のように捨てなければならないものが出てくるだろうと思う。その時は、長く愛用させてもらったお礼をこめて、せめて綺麗に磨こう。結局これしかできないのだから。

2010年05月31日

5月の終わりに。

あっという間に5月が終わってしまう。いったい半年間何をしていたのでしょう。振り返ると半年前のお正月は母と大喧嘩して、しばらくして仲直りをしたんだった。なんと親不孝な思い出。。。

最近、出かけることが極端に減りました。用事があって出ることはあるけど、昔みたいにちょっと時間があると、街を歩いたり、自転車で出かけたり、色々していたんですけどね。エネルギーが出ません。
元気に出かけられるのは、本屋と食料品買い出しのためのスーパーの二か所。
洋服を買いに行くのもかなり億劫かもしれない。
おしゃれしたくないわけじゃないけど、洋服が山のように並んでいるお店に行くと、もう選べません。
昔はあの圧倒的な量を見ると、わくわくしたんだけど。。。

なんか元気がなくなっているのかな。

でもその分、「外れ」がなくなりました。以前は靴なんかもデザイン優先で買ってしまっていたけど、今はデザインと履き心地が良くなければ、絶対買わない。当たり前のことなんでしょうけど、以前はもっと冒険しまくりで、洋服、靴は失敗していたんですね。。。結局着なく(履かなく)なった洋服と靴だけが残る。。。

今は念入りに試着して、持っているワードローブと合うか確認し、買おうと思案しているものと似たものは持っていないか、と何度も確認してから買うようになりました。
そうして買ったものは、大事にして、何度も身につけます。
冒険も楽しいけど、やっぱりこういう風に一品を愛着するのがいい。それが自分らしいと思えるようになりました。

あ、でも本屋では冒険してあれこれ買ってしまうし、スーパーでも目新しいものがあると、とりあえずお試し買いしてる。

まぁ冒険はやっぱり楽しいもんね。


2010年05月21日

あっという間に。

気付けば5月も残すことろ10日余り。早いです。。。
今週は締切が多くて、ちょっと苦しみましたが、とりあえず長いトンネルは抜けました。
来週は短めのトンネルに入って、すぐ抜ける予定^^

ツイッターを始めてから(非公開時期から)早半年が過ぎました。
知人でもあまり会う機会のない方や、全く知らない方がフォローしてくださり、質問をいただいたり、時にわたしのつぶやきに対する共感リプライをもらいます。
全部の質問やリプライにお答えするのは難しいのですが、答えられそうなことはお答えしたいと思い、そうしています。
この日記にはコメント欄をつけていないので、読んでくださっている方の声はメールでしか知ることがないのですが、ツイッターを通じてこうした交流を持てるのは、とてもうれしいです。

明日はブックレビュー放送。特集の百田尚樹さんは、収録後にツイッターを始められたそうで、早速フォローしていただきました^^番組は初対面ですぐ収録なので、聞きたいことがたくさんあっても、時間の関係上かなり端折っています。収録後にツイッター上で、本番では言えなかったこと(百田さんの大阪弁につられそうになったこと)だけお伝えしました^^;

今年度は再放送の回数も増えて、土曜放送を見逃した方に見て頂けるようになりました。よかったら見てくださいね。


2010年05月10日

あの日のおにぎり。

メイクのSさんおすすめの圧力なべを買ってから早5ヶ月。あれ以来一度も炊飯器を使っていないことに気付きました。

理由はふたつ。圧力なべはすぐにお米が炊ける。わたしは玄米と胚芽米を常備していますが、玄米が沸騰してから40分で炊ける!しかも事前にお水につけることがなく。
玄米は炊く前に半日以上は水につけた方がいいと聞きます。食べる前日から玄米を水につけておかなきゃならないので、ちょこっと面倒だったのですが、今はそんなこと考えなくてすぐに炊き始められます。
胚芽米はもっと早くて、火にかけて沸騰したら5分で終わり。あとは蒸らしに10分。全行程約20分ですよ。それでいて、我が家の炊飯器で炊くより、玄米も胚芽米も段違いにおいしくなる。

あまりに感動に、妹の引っ越し祝いに圧力なべを送りました。その後も様々なひとに圧力なべの話をしてしまい、「圧力なべ会社のまわしものですか?」といわれるほど。ち、違います。いい、と思ったものはどうしても伝えたいだけで、押し売りではありません。。。

そういうわたしも前出のSさんから圧力なべの威力について「いいんですよ。早く炊けるし、おいしいし」とずっと聞いていたのですが、「ふーん、よさそうだね」くらいなもので、買うには至らずでした。
ある撮影日、なんとSさんが圧力なべで炊いた玄米のおにぎりを持ってきてくれたのです。卵焼きやら色々おいしそうなおかずつき。それを一口いただいて、あまりのおいしさに「よし、買う!」と決めたのでした。その日の女子だらけの楽屋が、遠足状態になったことはいうまでもなく。。。

なにをいいたいかというと、実感したよさというものは、人に言わずにいられないのだな、ということ。ただ、一歩間違えて自分の持ち物を「いいでしょ」と言いまわるのは自慢?と誤解されることがあるので、これはこの人になら薦めたい、という方に心をこめて勧めるというのがよいのでしょうね。

わたしもSさんに勧められなければ、圧力なべを買うことなかっただろうし、この便利さとおいしさに巡り合うこともなかったかもしれないし。あの日のSさんのおにぎりに感謝、です。


2010年05月01日

今日からだそうです。

本日14時半から「BSーTBS ベストドラマ100」の放送があります。
すっかりお知らせするのを失念しておりました。すみません。
タイトル通り、これまでBS−TBSで制作、放送されたドラマの中から約100本を厳選したものです。
わたしは番組冒頭でドラマの内容や裏話などをお話しする自称「ナビゲーターです^^。

約100本のドラマとなると、毎週放送しても2年くらいかかってしまうわけですが、今のところ放送時間などよくわかっておらず、(今日の今日になって放送することを知ったのですから)100本(くらい)が無事終了するまで、生きることを目的にしたいと思います。

2010年04月29日

心の声。

気付けば4月も間もなく終わってしまうのですね。

寒かったり雨が多かったりで、「肌寒いけど、冬とは空気が違う」春の感覚をあまり感じられなかったように思います。桜を長く堪能できたのはよかった。いまも八重桜が咲いているのを見つけると、なんだか得した気がします。
そしてつつじも咲き始めました。
自然界の植物は、こんな不順な天気でも「もうそろそろだな」と花を咲かせます。
「ほんまに植物はえらいもんやわ」(急に大阪弁になる心の声)

そして連休ですね。子どものころ、母は無休で働いていた時期が数年あり(小学校高学年からの数年)当時は、日曜日に家族でどこかへ行くということは皆無でした。そのころ土曜日は半日授業がありましたね。やたらと眠る子だったわたしは、日曜日は日ごろの寝不足を解消しようと寝てばかりいたように思います。
「小学生のくせに、仕事に疲れた大人みたいなこというて」(心の突っ込み)

我が家は自営業だったので、休みがあると売り上げに影響するのです。盆や暮れ、そしてゴールデンウイークが来ると、母は憂鬱そうにしていました。当然ですよね。
かといって、母だけ働こうとしてお店を開いても、お客さんがお休みだと、やはりひまなわけです。だからしぶしぶ休んでいました。子どもとしては、たとえしぶしぶでも母が家にいてくれるのは嬉しかったです。どこへ行くわけでなくても。
「ほんまは色々連れて行ってもらいたかったけどな。。。」

普段は朝早くから夕方遅くまで働いていましたから、顔を合わせるのは夕食時だけ。仕事中毒じゃないかといわれるほど、よく働いて、夜になると電池が切れたように寝ていました。
「話したいことがあるんやけど。。。しゃあないな。また今度にするわ」(ほんまはちょっとさみしい)

母は今、長い休みになるとよく東京へきます。しかし2.3日するとそわそわして仕事のことを考えているのがわかります。そして帰阪の日は必ず早い新幹線に乗って帰ります。大阪へ戻った次の日の開店のために、準備をしようと早く帰るのです。
「仕事すきやなぁ。昔といっこもかわれへん」


以前母の日に花でも送ろうかと考えて、配達時間の都合を確認しようとそれとなく「00時には店におる?家に帰ってる?」と聞いたら、ピーンと来た母は、
「花はいらんで。」と即答。。。そういえば母が花に興味を示したことを一度も見たことない。しかもほかにほしいものはあるらしい。早速そのリクエストが始まる。
「花を送りたい娘の気持より、自分の欲求を通すのが母らしいと言えば母らしい」(わが道をいくことを形にするとこういう人間になる)

連休が終われば、母の日です。

2010年04月22日

気分は小学生で。

朝日小学生新聞にて連載させていただくようになり、ここ一カ月ほど小学生新聞を読んでいます。
わたしは小学校高学年くらいから新聞好き(単なる活字好き)だったのですが、小学生向けの新聞は小学生当時読んだことがありませんでした。

読んでみると、たいへん丁寧に時事ニュースが書かれていて、大人向け(って変な言い方ですが)新聞でよくわからないことが小学生新聞を読んで
「なるほど。よくわからなかったけどそういうことか」と思うことがよくあります。ありがたいです。

世の中はあらゆるニュースが報道されていて、たとえば旅に出てテレビや新聞を読まずにいて、一週間ぶりに新聞を読むとなんだか活字が懐かしく、自分の脳にしみこむような気がすることがあったりします。
もちろんインターネット環境があれば、どこでも携帯やパソコンでニュースを知ることができますけどね。
最近はどこにいても「今、どんなニュースが報道されているの?」と確認したくなる。ちょっと情報中毒ぽくなっている自分に気づきます。情報を知らない状態が怖いのかも。みんなが知っているのに、自分だけ知らないっていうこととかね。

あらゆる報道に振り回されているというか、情報が勝手に入ってくることを待っているのか。

電車に乗っていても社内広告は目に飛び込むし、テレビやラジオから聞くつもりはなくても聞こえる情報も多いし。
そういう情報や報道の中には、自分にとって大切なものも含まれているけど、そうでもないものだって多い。これだけ情報過多だと、自分にとって大事な情報を自分で選んでいくことが、本当に大変。

そんな時は、本があってよかったと心から思います。本は自分で選んで読む、自分が読もうとしない限り、内容は自分に入ってこない。必要、不必要は選ばなくても、心に残っていくものだけがたぶん自分には必要なのだとわかる。

小学生新聞を開き「へぇ、なんとなく聞いたことはあったけど、やっとわかった」と感心したり、こうして大人になっても、丁寧に解説してもらえる喜びをかみしめる。
ときには世間の常識、知識の下地が少ない状態になってみる。いわば文字の書かれていない白紙みたいになりたいと思います。