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小さな頃から、学校からの帰り道には空想ばかりしていた。
知らない道を見つけては迷子になったり、それでも懲りずに違う道を見つけて、あれこれ散策した。
登校時間には慌しくそんな余裕はない。周囲も急ぎ足なので、こちらも自然と足が速まる。
帰り道はのんびりしている。誰にせかされることもなく、ゆっくり道草を食いながら家路に着いた。
そういう余裕も学年が上がるごとになくなっていったが、あの頃の道草は本当に楽しかった。
今、ひとりでよく行く(通うといってもいいか)のはスーパーマーケットだが、やっぱり行きの道より帰り道の方が考え事をするには適していて、ここ数年で一番思索にふける時間といえばこの時だなぁと実感する。
近所の家庭菜園の野菜の成長を見たり、ふと視線を感じて振り返ると野良猫がいて、しばし猫と見つめあったり。。。何でもない帰り道だが、毎回少しずつ違っていて、そういう発見をみつけるのが好きだ。
行きは、「夕飯何にしよう、明日の朝食パンあったっけ?」とか現実的な考えばかりがよぎるので、やっぱり学生時代と同じく、帰り道のほうが思索にふさわしい。
一日が終わりに近づく時間の、ホンの短い道草。短くともわたしにとっては素晴らしく贅沢な時間に思える。
もうこんなになりました。
どのくらいまで大きくなって、赤くなるのでしょうか。。。トマトのいい香りがします。
なくてもいいけど、あるとすごくいいもの。
右上はバターナイフ。今朝パンにバターを塗りながら、使ったバターナイフの置き場に困ったばかりでした。
バターナイフって横に寝かせておくにしても、お皿の端しか置く場所がなく、なんとなく不安定だな、とパンを食べるたびに思っていました。
今日、出先の近所の雑貨屋さんの店頭でこのバターナイフと出会い、「これだ!」と即買いました。立つバターナイフなんて素晴らしい発想です。(存在をわたしが知らなかっただけかもしれませんね)
色は赤、白、青、みどりがあったけど、なんとなくこの色にしました。
同じお店にあった、葉っぱの形の小皿も買いました。
何か小物とか置くのに、いいなぁと思って。写真だと色が濃く出るけど、本物はもうちょっと薄い色。
下の箸おきは、普段愛用しているもの。以前向田邦子さんのエッセイに触発され、買いました。
いつもテーブルセッティングをする際は、まずこの箸おきをおきます。
ご飯と味噌汁、ちょっとしたおかずという何でもない食卓でも、箸おきがあるだけで不思議と決まります。
いろんな種類があるし、小さくていくつあってもいい箸おき。
特に一人暮らしの方にお薦めですよ。
なくてもいいけど、あると便利で心豊かになれるもの。
並べてみたら、全部みどり色でした。せっかくなので、並べて写真を撮りました。
おもわず手が伸びたゴーヤー。
うちで収穫したもの。。。ではなく、スーパーで買ったものです。
立派すぎて、目が離せず買ってしまいました。
木綿豆腐を買おうとしたら、売り切れ(>_<)仕方がなく絹ごしにしようか迷っていたら、なんと水きり豆腐という便利なものが売っていたのでこちらをお買い上げ。豚肉とニラ、にんじんなども忘れずに。
久しぶりにゴーヤーチャンプルを調理しました。
苦味もほどほどで、おいしかったです。
変化を試みました。
なんとなくポーズをとってしまった。。。UPするのは面映いのですが、せっかく撮ったので一応載せときます。
このヘアスタイルにしてからは、なんといっても洗髪が楽です。
楽した時間の分だけ、ほかの事に活用しよう、と思います。
一週間前、梅雨入りしたと聞いたのに、雨がずっと降らなかった。やっと雨。ようやく雨だ。
その間に、トマトの実が膨らみ始め、花を咲かせたズッキーニは、なぜかしおれて延命に励んだがダメっぽい。
大葉は相変わらず豊かに茂り、植えてからほったらかしに近いローズマリーは、自由気ままに伸びている。
植物はこの一週間であっという間に変化した。わたしはあんまり変わらない。こうしている間にも、時間は過ぎていくというのに。。。少しは植物を見習おう。
大人になったら何になりたい?
幼い頃、時々そう聞かれた。
答えはその時々で変わった。
そして今、わたしはその質問を他の誰かにしたりする。
今日、5歳の女の子とお話していてふいに「大人になったら何になりたいの?」と聞いた。
すると女の子は逆にわたしに問うてきた。
「ゆきおねえちゃんは、おばあちゃんになったら何になりたい?」
え。。。難しい質問。答えは次に会ったとき、ということで切り抜けた。
ちなみに女の子の答えは「おばあちゃんになったら赤ちゃんになる!」だった。
よく意味はわからないが、女の子の笑顔を見ていたら、そんなことはどうでもよくなった。
「カレー食べたい!」と昨日の日記を読んだ妹が我が家にやってきた。
ありがたい、週末はカレー三昧で飽き飽きしていたところ。
鍋のルーはまだたっぷりあるけど、ちょっと具が少ないか。。。
なす、マッシュルーム、ゆでいんげんをフライパンでいためてカレーにくわえる。
しばらく煮て出来上がり。
「おいしい」と妹は大満足。
わたしはその隣でカレー。。。ではなく、カレイの煮つけを食べていた。
カレーの残量はごくわずか。頑張れ、妹。明日もカレーは待っているぞ。
ゆで卵もつける。
夕方ふとテレビをつけたら、斉藤和義が出ていたので歌を聴きながらカレーを作っていた。
「ユーミンの「やさしさに包まれたなら」っていい曲だなぁ、はじめてちゃんと聞いた」とか
「おっ「歩いて帰ろう」を歌ってる!懐かしい」とか
「ベリーベリーストロングはきっと歌わないだろうな、伊坂幸太郎の書いた「アイネクライネ」面白かった。でもやっぱりシングル曲だ、テレビで歌うなら」そんなひとり言をいいながら鑑賞。
すっかりテレビの方に引き寄せられて、カレーそっちのけ。
どこで材料の分量を間違えたか、完成したカレーは鍋いっぱいになった。
。。。しばらくはカレーライフ。
ちょうど一週間前、大阪の母と電話で小さな諍いがあり、それからしばらくこちらから連絡しなかった。
すっごく落ち込んでたよ、と妹は言う。落ち込みたいのはこっちだよ、と声に出さず反発した。
それから携帯に母からいくつかメールが届いてが、あの諍いはまったくなかったもののように、能天気な話題と、現在身の回りで起こっている問題についての報告を綴ってた。
それらに返信しなかったことにたいして理由はない。なんと返信してほしいの?というほどのメールだった、ということもあるし、仕事中に届いたので返信を忘れていた、ということもある。でもやっぱり母に対して冷酷な仕打ちだということには違いない。。。反省。
一週間ぶりに電話した。。。留守電。なんだ、留守電か。。。と思ったら、すぐ折り返してきた。
無事電話は繋がり母と話す。母は一週間前のことはもう忘れているようで、メールの内容のことばかり話している。わたしも自分なりに思うことを話す。そして電話は無事切れた。ほっと一息。
東京に来た頃は毎日電話をして、特に報告することがなくとも母と話をした。それが日課だった。
いつしか電話の頻度は減った。それは忙しくて電話するひまもなくなった証でもあったし、ひとりの寂しさにも慣れて、自分だけの時間が楽しくなり、電話する必要がなくなったからだと思う。
今は気軽にメールのやりとりもできるし、携帯電話でどこにいても連絡できるから、毎夜決まった時間に電話をすることはないし、そんな面倒なことをする必要もない。
夜9時になると出来るだけ家にいて、電話の前でじっと呼び出しベルを待った。そんな電話に救われた時期の自分をふと思い出した。
待つわたしに毎夜電話をかけ続けてくれた母に、わたしはもっと感謝せねばならない。
ようやく梅雨入り。
雨の日は、出かけるときに何を着ようか、どの靴を履こうか、いつも迷うけど、今年はレインブーツを買ったので足元の心配はなし。
それでも雨の日は面倒、だけど必要だもんね、雨。
梅雨が明けたら夏。。。今から夏が来ることを恐れている。日焼け、蒸し暑さ、熱中症。。。すべてが怖い。夏は早朝と夜だけ働いて、あとは日陰で読書と映画鑑賞したい。ん、睡眠時間はどこでとるか?
今日、BS?iから納涼会の知らせが来た。
「えーもう?」と思いつつ、スケジュールを確かめる。。。今年もきっとジンギスカン。
コーヒー好きのわたしは、喫茶店に行くとコーヒーの入れ方が気になる。
ドリップ式?それともサイフォン式?
ちなみに我が家には両方ある(電動タイプ)
両方を飲み比べると、ドリップの方があっさり、サイフォンはちょっとこくを感じる。
濃さは豆の量にもよるけど、その日の気分によってドリップとサイフォンを使い分けている。
一昨日まではドリップばかりで、昨日からサイフォンな日が続いている。
サイフォン式というと、わたしが中学生の頃、母にサイフォン式を教えてもらい、よくコーヒーを入れていた。
水を入れた丸いフラスコガラスの下にアルコールランプをおいて加熱し、沸騰した水が上部に取り付けたガラス(コーヒー豆が入っている)に上ったら木ベラでかき混ぜる。しばらくしたらアルコールランプの火を消し、かき混ぜたコーヒーがフラスコガラスにおりてきて出来上がり。理科の実験みたいで楽しかった。
ある日、母のお店に寄ったら突然留守番を頼まれた。
「えーそんなんできひんわ」
「もう夕方だから、多分お客さんは知っている人しか来ないと思う」という母の言葉を信じ、本を読みながら留守番をしていた。
しばらくして、見知らぬお客さんが3人入ってきた!
「紅茶」「ミックスジュース」「モカコーヒー」と注文が入った。
わたしはパニックになった。だって作れるものといえばコーヒーだけ。しかもブレンドコーヒーだけなのだ。
同じコーヒーでもモカの豆がどこにあるかわからないし、分量もわからない。紅茶の方が簡単に出来そうだけど、こちらも正式に習っていないし自信なし、ミックスジュース(知っていますか?関西では有名な飲み物)飲むのは好きだけど、作り方は知らない。。。どうしよう。。。なんていおう。
わたし「今日は紅茶とミックスジュース出来ないんです。。。」
客「。。。あ、そう。じゃあモカコーヒーでいいわ」
わたし「あの、モカコーヒーもできないんです」
客「え。。。じゃ、なんやったら出来るの?」
こうして三人のお客さんには強引にブレンドコーヒーを飲んでお帰りいただきました。
長いタイトルだと思われるかもしれませんが、これは劇団、本谷有希子の舞台です。
まだ公演中なので、あまり中身には触れません。ストーリーの説明もあえてしません。気になる方はネットで調べてね。あんまり書いてありませんけど。
ただわたしが感じたことだけ書くので、わからないかもしれませんが、すみません。
スーパーノーフラット=超3次元世界。
本谷さんの作品は、「現代」を強く感じさせる。
そこらじゅうにある不変の価値観とかぶっ飛ばしてしまう。生まれた年が違えば、物事の感じ方が違うのはあることだけど、それで人間性を否定し、やがて世代が断絶していく。たとえば飽食の世で生まれた人に食べ物のない世界を想像したり、その苦しみをわかれといっても、多分無理なのだ。そこに在るものは消せないし、結局理解しあえないという事実だけが残る。
人間同志が理解できない、わかり合えないということを、本谷さんは最初から肯定している。
わかりあわなければならないという「強迫観念」(これも物語で出てくる言葉)に支配されるか、その全てを拒絶して2次元の世界で理想の人間と暮らすか、どっちにしても極端なのだ。
ある意味の完璧。完璧でなければ自分も他人も受け入れない。。。
死ぬよりは、生きている方がずっとまし。登場人物たちがみなそんな状態。生きていることがつらいのだ。「生きている事は素晴らしい」というのはもう強迫観念。
前作「遭難、」とは全然違うようにみえて、やっぱり登場人物への視線は厳しい。。。徹頭徹尾自己本位な人々。特に女性の描写は、自分のことを言われているようで痛い、というか辛い。
観ている間も観終わった今も、なんだか考えてしまう。。。「遭難、」は面白かったし完成度も高かった。
今回はそういうまとまり方のない、ある意味地獄から地獄へとすすむような作品だけど、衝撃はこっちの方が強い。
次の公演も楽しみだな。
3月にソニープラザから名前が変更したプラザへ初めて行ってみた。
店の前はよく通っていたのだけど、一旦入るとなかなか抜け出せないので、あえて足を踏み入れなかった。名前は変わっても特に変った様子はない。ふと入ってみる気になった。
まずは衣類の売り場をのぞく。季節柄Tシャツが多く並んでいる。そのあとは化粧品やキャラクターグッズなど。ムーミングッズ、かわいい。。。でもおとといムーミンのスープカップを衝動的に買ったばかりだからなぁ。(自宅用で、と包んでもらいました)
ついついソニプラと呼びたくなってしまう、プラザは学生の頃からよく通っていた。
学校帰りやレッスン帰りに立ち寄って、何を買うというわけじゃなくとも、普通の店ではあまり出会えない輸入雑貨やコスメなど、色とりどりで見ているだけで楽しかった。
大人になってもワクワクする気持ちはさほど変わらず、ただ「いつまでも雑貨に夢中になってる自分」がちょっと気恥ずかしいというだけだ。気恥ずかしさなど自分が気にしなければよいだけなんだけど。
久しぶりのプラザでソックス3足お買い上げ。シロとクロとグレー。色で迷って全色買ってしまいました。
(偶然にも絵本のタイトル「シロとクロとグレ」の配色だ!)
しめて3150円。うーん大人だなぁこういう買い方。学生時代なら一足しか買わなかったね、絶対。
1973年とは、わたしの生まれた年です。
当然のことながら、この年に何が起きたか覚えていません。
だからこそ1973年、という単語を聞くと「ん?」と気になる。
映画「ふたり」「風の歌が聴きたい」で共演した柴山智加さんがご出演の舞台下町ダニーローズ「ヴェニスの商人?」を観にいきました。シェークスピアの「ヴェニスの商人」と似てますが、最後にクエスチョンがついているのがポイントです。
この舞台は現代と過去が入り組む物語なのですが、主人公がタイムスリップするのが1973年なのです。
しかも1973年になると「有里」という女性が出てくるので、舞台で誰かが「有里さん」と名前を呼ぶたびになんだかくすぐったい感じがしました。自分のことではない、とわかってはいるんですけどね。
ずっと以前、友人の執筆した連続ドラマで「有里」の役名が出てきた時は、どきりとしました。途中で死んだら嫌だな、と願いつつみていましたけど、その時の「有里さん」は俳優さんも役柄も素敵だったので、途中からは一視聴者として楽しんでいました。しかし、その後別の連ドラで再び「有里」が出てきた!今度は主人公の死んだ奥さんで一度も登場しない。たしかに墓石には「有里」と刻まれておりました。合掌。。。
ちなみにわたしも親戚の名前を使った事があります。こちらは無許可で。
で、肝心の舞台の感想ですが、ウエルメードで観終わったあと、気持ちが温かくなりました。ほとんどの登場人物に救いがある話って、なかなか書けませんよね。
智加ちゃんはデビューして間もない頃からの知り合いですが、会うのは前回の舞台以来だから約1年ぶり。子育て中で色々と大変なんだろうけど、元気そうで嬉しかったです。
ちなみに前回見た下町ダニーローズの作品は映画「天国から来たチャンピオン」をモチーフにしていたのですけど、わたしがこの映画をみたのは多分小学3年の頃です。
当時の担任の先生が映画好きで「天国から来たチャンピオン」の話を何度も聞いた記憶があります。
ついには教室で上映会が催され、それまでアニメ映画しか観たことがなかったわたしは、なんだか難しい作品のように感じました。。。
考えてみたら、人生で初めての洋画はあれだったかも。
徒然なる日記でございました。
東京は週末の天気、悪そうです。
今朝、トマトとズッキーニの花が咲いていました。
これがズッキーニ。もうちょいすると全開しそう。
ズッキーニはそのうち咲くかな、と思っていたのですが、トマトは大きくなるだけで(1メートル以上)蕾がつかないので、あきらめていました。しかし、願いは叶いました。
こちらがトマト。ちょっと写真がぼけてる。。。鳥が二羽仲良く並んでいるようにも見えませんか?
まだ実がなっていないのに、葉っぱや茎から青くてちょっと甘いトマトの香りがする気が。。。
前回紹介した写真の右下の葉は、カラーピーマンではなく、豆の一種でした。
よく見たら小さな莢がぶらさがっておりました。何の豆かは不明。。。間違ってスミマセンでした。
いいわけになりませんが、先週末から、ずっと考え事ばかりしています。
「よし、これだ」と思ったら、「やっぱりダメ。。。」の繰り返し。
これ以上ひとりで悩んでもダメだと思って、妹くんとブレーンストーミング。
袋小路から早く抜け出たいものです。
大葉やら、バジルやら。水をやるだけで何の世話もしませんが、成長しております。
これらのハーブは、スーパーで売っています。
ちなみに一番奥はクランベリー。右奥のはズッキーニの葉、その下はカラーピーマンの葉。まだ実がなっていません。
うちのは、売れません。でも美味しいですよ。
読書にかかせないのは、コーヒーとこれ。
昨年のクリスマスプレゼントとしていただいた抱き枕のバク。柔らかくて肌触りがとてもよい。
リビングソファにあるソファに、いつもこんな感じで置いている。
ソファの一番端っこ、読書する時の定位置につくと、このバクをお腹辺りに固定し、本を乗っけて読み始めます。
眠くなると、そのまま頭の方に移動して、仮眠します。
重宝しているのですが、酷使しているせいか、足部分の中の綿がちょっと寄ってしまっています。