中江有里 :: Diary From Yuri

2007年08月 Archives

2007年08月31日

居残り。

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収録後、次週の公開録画用ナレーション録りです。
一緒に写っているのは、小柄なわたしより小柄な荒川AP。噂によるとマージャンが強いとか。

収録が全て終わり、控え室にいく。テーブルには水戸名物「吉原殿中」。
これは前回水戸出身のスタッフIさんが、「おすすめです」と言っていたものを、買ってきてくださったのです。いただきます。。。

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おいしいけど、口の周りがこなこな?になります。スカートもこなこな。素朴で懐かしい味でした。

以上、裏ブックレビューでした。

2007年08月26日

約束。

数日前に立ち寄った花屋で、待っていてくれました。

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茶色い木箱の中から取り出して、ビニール袋に入れてもらい、持ち帰ってきました。
ちょっと曲がってしまっているのは愛嬌。だからこそ残っていてくれたのでしょう。ちっちゃい。。。

短い残暑、愛でたいとおもいます。

2007年08月25日

ちょっと風邪。

なんだか身体がだるいなぁ、ぼーっとするな、喉の調子も悪し。

久々に風邪をひいたよう。体温低めなので、少しでも熱が出るとすぐにわかる。。。一日中寝て、夜、眠れなくなるほど、寝た。
そのせいか、もう回復しました。ご心配なく。

自覚しない疲れや何かストレスのようなものが、たまに熱や風邪などの症状として表面にあらわれると、「あ、身体を大事にしないと」と思う。


10代の終わりから20代にかけての数年間、毎年年末になると胃炎になって病院に運ばれた。
ある年、大阪に帰省したわたしは夜中に胃の痛みを自覚し、『また来た』と、母を起こして病院に行った。なにやら痛み止めの点滴をされ痛みにうんうんうなりながら、カーテンの外では、何か騒ぎ声がすることに気付いた。そのただならぬ気配に、そばにいた母に訪ねてみた。
「。。。今、だれか、叫んでない?」
叫び声がしていた。泣いているようにも聞こえた。
すると母は「あぁ、若いお兄ちゃんが顔をビール瓶で怪我したらしい、すごい形相になってるわ」

その日は元旦、時間は真夜中2時過ぎだった。想像するに酒の勢いでケンカになって、ビール瓶で怪我する羽目になった。。。というところか。。。真実はわからないけど。

痛みが治まって、わたしは母と実家へ帰った。
まるで毎年の行事のように、年に一回病院に飛び込んでいたあの頃。
普段は自覚していなかったけど、ストレス最高潮だったんだなぁ、としみじみ思い返す。

最近はそういうこともない。幸せである。

2007年08月23日

同じなのに。。。

妹が帰った後、ダイニングテーブルの上に携帯電話が残されていた。

「あ、また忘れてる。。。」

こういうことがよくあって、取りに戻ってくることもよくあるが、夜も遅いし、明日は早いので、妹宅に電話をかけて一晩預かることにした。

ちなみに、妹の携帯はわたしのそれと同種、色違いである。わたしは白、妹はピンク。

わたしが先に買い求めたものを見て、妹も習った。実を言うと、わたしは妹の友人Oちゃんの携帯電話がいいな、と思って、色違いを買ったので、そういう意味では妹と一緒なのである。

わたしの携帯と妹の携帯、並べてみた。おかしい、そっくりなのに、なぜか違うものに見える。

ストラップや、落としたときにちょっと傷ついたところ、開けば画面も違う。わたしのは大阪で写メした川の画。
音の設定も違う。わたしは常にサイレントなので、着信があっても気付かない事が多い。なぜそうしているかといえば、ただ単に音をオンにしておいて、その場の状況にふさわしくない着信音がなったりすると困るから。ついでにいうと、いつでもどこでもかかってくることが追いかけられている気がして怖くもあり、そのせいでわたしは結構長い間、携帯を持たなかったのだ。

ま、持ってしまったら、もうこの便利さはやめられないのだけど。

とりあえず妹の携帯、充電しておきました。電源はOFFにして。

2007年08月21日

優先順位。

そろそろ夏休みの宿題を片付けなければ。。。とあわてている人もいるか。

膨大な宿題も出された時は「まだまだ休みがあるし大丈夫」なんて余裕を見せていられたけど、あっという間に休みは過ぎ去り、2学期へのカウントダウンが聞こえ始めて。。。。(全部わたしの体験です)
学生さん、頑張ってください。何も出来ませんが応援しております。

そういうわたしも現在、締め切りというものがあり、締め切りが重なる月末は多少あわてる。あんなに時間があったはずが、いつのまにかカウントダウンが始まっている事実に心では悲鳴を上げて、顔は平常心を装っている。

頭は覚醒しているのに、目が閉じようとしていたり、身体は元気なのに、頭が働かない。。。あぁ自分がダメ人間に思える。

そういう時、わたしは気分転換をするため、読書する。といっても、読書も仕事には繋がるのだけど、逃避していることには違いない。

中学生の頃、テストの問い1が答えられないと、その先の問題も全部わからないような気がして、自信をなくした。そんな時にわたしに勉強を教えてくれたのは、Mさんという弁護士志望の学生さんだった。
わたしは上記に書いた悩みをMさんに問うた。するとMさんは答えた。

「そんなん、わかるところから解答書いたらええねん」

目から鱗。。。わたしはそれまでテストというものは、一番初めから順番に答えるものだと思い込んでいたのだ。そうか、わかるところから答えればいい。この一言でずいぶんと助かった。
あるテーマに沿った作文を書くよう言われ、出来た作文を見せたら、
「うん、面白い。ゆきちゃんは才能があるなぁ」と言ってくれたことも、励みになった。

わたしは今でもMさんの言葉を実践している。
いくつかの締め切りの原稿を並べて、わかりそうな(出来そうな)ものから執筆をはじめる。
この方法は毎日続けると、いつのまにかあらゆる原稿がまんべんなく進められるのでよい。

考えてみたら読書もそうで、積み上げた本の中から、「これ読みたい」と思ったものをまず読む。

優先順位とは、ひとによって違うものです。

2007年08月20日

残暑。

まだまだ暑いけど、夏は終わりに近づいている、そんな気配がします。

近所の花屋さんでセールがやっていたので、なんとなく立ち寄ってみた。
大きな観葉植物から、小さな鉢植えまでずいぶんと安くなっていていた。


中に観賞用とうがらしがあり、なかなか可愛いなぁ、と眺めていたら、店員さんに「育て方は難しくない」
と言われた。しかし来年実をつけることはないそうだ。

食べることも来年実をつけることも出来ない、今年の夏限定の鑑賞用とうがらし。
なんだかちょっと切ない。

とりあえず買わないでおいたが、今週いっぱいセールをやっていると聞いたので、最後まで売れ残っていたら買おう。そして残りの夏、愛でてみよう。

2007年08月17日

続・海。

潮風は嫌いだし、小学3,4年生まで泳げなかったのに、水の中にいるのは好きだった。

水中にいると、なぜかとても落ち着くからだ。

初めての映画で海中シーンがあったので、スキンダイビングの特訓をした。水中10メートルまではしごを使って降りていく。途中で水圧が高くなるため、「耳抜き」をしなければならない。これが出来ないと、スキンダイビングもスキューバダイビングも難しい。
わたしはインストラクターから何も教わらないうちから、耳抜きが出来た。
これまで水中にもぐって苦しい、と思ったときに、自然とやっていたのがこの「耳抜き」だったことを、初めて知った。

スキューバダイビングは数年前にライセンスをとったのだけど、それ以降まったく行っていない。
だってスキューバは必ず二人以上の人数でなければできないから。
わたしの周りにダイビング好きな人間がいないし、ひとりで行って現地で知らない人と潜る覚悟がない。

でもスキューバの楽しさは今も思い出せる。
背中に背負うタンクは、地上にいるとその重さでひっくり返りそうだが、海中に入った途端、浮力で軽くなる。ふわっと重力のなくなるこの快感を知ると、タンクを背負ったらもう、潜りたくて仕方がなくなる。


海中の楽しさは魚を見たり、その景色を楽しんだり、いろいろある。何が起こるか、どんな出会いがあるかわからないところも面白い。中でもわたしが一番待ち遠しいのは、海中から海面に上がっていく時間だ。
海中散歩を終える時間になりふと見上げると、わたしがはきだした無数の空気の泡が、上に向かって昇っていく。その泡を見ると、子供の頃に好きだったアンデルセンの「人魚姫」の最後を思い出す。

深いところから、海面に上がる時は急いで上がってはいけない。(えーっと、理由があるのですけど正しく述べる自信がないので、割愛します)だからゆっくりと、ゆっくりと海に別れを惜しむように海面に上っていく。この作業を繰り返していると、やっぱりわたしは地上でしか生きられない人間なのだなぁ、と変な感傷にひたる。だけど、海中から海面に戻る、ともいえる感覚がとても面白く思えたのだ。

ちなみに海中は、地上の季節と時間のずれがあり、たしか三ヶ月くらい遅いのだ。わたしがダイビングにチャレンジしたのは4月か5月だった記憶があるのだけど、マイナス三ヶ月で数えると、海の中はまだ1月、2月。真冬である。たしかに信じられないほど寒くて、ドライスーツの中に毛糸のセーターを着てもまだ寒かった。。。

だから地上は今、8月だが、海の中はまだ5月。きっといい気候なのだろう。海はつらいけど、海には潜りたい。。。

2007年08月15日

海。

数年前、藤沢に住む高校の恩師を訪ねたときに、夕方の海岸を友人たちと歩いて、日が落ちてから花火をした。
学生時代にそんな遊びをした事がなかったので、いい年して恥ずかしいような、無邪気に嬉しいような不思議な気持ちだった。どこもかしこも砂だらけになったまま、車で都心に戻り、夕食をとろうとファミレスに寄った。明るい照明の下で見る友人たちの顔は赤く日焼けしてた。多分わたしも同じくらい日焼けしていたのだろうと思う。

しかし、昼間の海には随分行っていない。
あるドラマのロケで砂地を歩いているうちに、気分が悪くなってから、行くのはやめている。去年ちょっとだけ仕事で千葉の海岸を訪ねたが、その時の思い出が頭をよぎり、気分が悪くならないかと心配になった。わたしは陽射しも苦手だが、海の場合、潮風が辛くてたまらない。


子供の頃はどんな炎天下にいても全然平気だったのに。いつからこんなに弱くなってしまったのだろう。

行けないからかもしれなけど、テレビなどで無邪気に海で泳ぐ人々を見ていると、羨ましくなる。
今年は暑い。海も賑やか。海に行かれる方、どうか無事に。いい夏をお過ごし下さい。

2007年08月13日

トマトの冷製パスタ。

はじめて出会ったものを食べる時、好奇心と恐怖心が入り混じった気持ちになる。

イタリア料理=イタ飯はすっかり定番になってしまったけど、わたしが子供の頃はそんなものはなく、スパゲッティナポリタンとかミートソースがせいぜいだった。ピザだって分厚くて、食べにくいものだった。

東京に来てからイタ飯というものを覚え、さらに数年後イタリアに行って食べた本場の料理の味に感動した。現地の味とはちょっと違うように思うけど、日本のイタ飯は好きだ。
この季節、一番好きなのは「トマトの冷たいパスタ」である。

初めて食べた時、「こんなにおいしいものがあるの?」驚き、さっそく家で作ってみることにした。(外で食べたものを家で作るのに凝っていた時期がある)
たまたまイタリア料理店を訪れた際に、その店のシェフとお話しする機会に恵まれ、料理のコツを聞いてみた。別に企業秘密でもないらしく、あっけなく教えてくれた。そのコツはシェフのレシピ本にしっかりと記述してあったので、その本を買って帰った。

簡単に書いてしまうと、新鮮でぎゅっと身の詰まったトマト(皮がピンとしているもの。フルーツトマトもいい)と生バジル、にんにく、塩、コショウ、エキストラヴァージンオイルさえあれば出来る。トマトの皮を湯むきし、種を取り除いてきざみ、他の材料と手で混ぜ合わせる。この「手」で混ぜ合わせることが重要らしい。にごったオレンジ色のスープ(水分)があふれてきたら、それで完成。
スライスしたフランスパンにのせてもおいしいし、冷やしてカッペリーニ(パスタ)と混ぜれば、理想のトマトの冷たいパスタの完成だ。なかなかおいしく出来て、嬉しかった。

しばらく忘れていたのだけど、ある日のランチに久しぶりに挑戦してみた。
収穫したばかりの我が家産・トマトとバジルを使ってみようという目論見である。
ソースはあっという間に出来たのだが、わたしは重要なアイテムをすっかり忘れていた。
カッペリーニがない!あの天使の髪ともいわれるほど細いパスタでなければ、冷たいパスタは完成しないと言うのに。。。ほかのパスタはあるんだけど、それではつまらない。
しかたがないので、代用品でごまかした。


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なんだかわかりますか?

答えは素麺です^^見た目は似てます。味はちょっと違いました。。。

2007年08月11日

小銭の思い出

毎日暑い。。。
外に出るのが嫌なので、買い物はネットを利用することが多くなる。(本当は年中ネットショッピングしているけど、この時期は特に暑さがネックなのです)

ネットショッピングには、支払い方法が何種類かあり、わたしはいつも代引きを選択する。
そして荷物到着日には、なるべくきっちりの額で支払えるよう、お金を用意しておく。

しかしある日のこと、小銭がたりなかった。どうしても300円が見つからない。ま、こういう日もあるかと、それより細かい47円はみつかり、あとは紙幣を用意して、荷物を待った。

やがてやってきた宅配のおじさんに、荷物と引き換えにお金を渡す。おじさんがポケットからおつりを出そうとしたが。。。
ん、ない、らしい。。。汗だくで「おっかしいなぁ。。。ちょっと待ってください」と必死に探すおじさん。ついに我が家の玄関口で座り込み、鞄の底をかき回しはじめた。確実にない、とわかったところで、

「すみません。今日、代引きの荷物が多くて、小銭をきらしてしまって。。。」と言った。この暑さだ、皆考えることは同じなのだな。わたしは部屋に戻って、もう一度小銭を探した。運よく見つかり、事なきを得た。

「ありがとうございましたー」と汗を拭うタオルを玄関口に置きっぱなしにして、もう一度タオルを取りにもどったおじさん。暑い中、ごくろうさま。

そんな事があって、思い出したのが、まだ学生だったころのこと。
その日、なかなか来ないバスをじりじりと照りつける太陽の下、待ち続けていた。
ようやく来たバス。乗り込むと冷気が心地よい。お金を支払おうと、財布をあけたら。。。小銭がなかった。
いつもなら乗る前に確かめるのに、この日に限ってすっかり忘れていた。バスはもう走り出している。
しかたなく運転手さんに「すみません。一万円しかないんですけど。。。」と恐る恐るいうと、
運転手さんは「えー、困るんだよねぇ。両替、出来ないよ」あっさり言った。

運転手さんは運転しながら、ずっと文句を言っていた。。。バスの前方で叱られるわたしはすっかり車内の注目を集めている。恥ずかしいやら、情けないやらで、でもどうしていいのかわからず、ただ立ち尽くしていた。降りれるものなら降りたいけど、もう乗ってしまったのだから、お金を払わないわけにはいかない。

しばらくして運転手さんが「お客様の中で、一万円の両替が出来る方いらっしゃいますかー」とアナウンスした。すると、後方にいたスーツ姿の男性が進み出て、両替をしてくれた。
おおげさなようだがわたしには、その男性が神様に見えた。

時々バスに乗ると、あの時とわたしと同じように、バス代を切らせてしまった少年少女に出会うことがある。すると運転手さんは「じゃぁ次バスに乗るときに、今日の分支払ってね」と言う。
これはバス会社や路線によって対応は違うのだろうけど、不安そうな彼、彼女の顔がふっと緩むのを見ると、なんだか心が軽くなる。

ちなみに今だったら、あのバスの運転手さんには、絶対何か言い返していると思う。あのころは本当に気弱だったなぁ。。。

2007年08月09日

静かなる。。。

一週休み明けのブックレビューの収録がありました。

いつもは賑やかなスタジオ周辺のお部屋が、妙に静か。。。

隣接するスタジオで収録するレギュラー番組は、みんなお休みだそうです。

したがってブックレビュー独占!。。。とまではいきませんけど、いつもよりは確実に静かなスタジオ周りでした。

世の中、夏休みだもんね。ブックレビューは休みませんよ。どうか夏の読書にお役立て下さい。

2007年08月07日

テージセーのこと。

昨日は番組をご覧になった皆様から、たくさんメールをいただきました。
ありがとうございます。
心動かされるメールが多数ありました。。。様々な事情をお持ちになった方々に、どんな言葉を返していいのか、正直わかりません。
返事にならないかもしれないけど、今回の番組を通じて思い出したわたしの高校時代の話を少し書いてみたいと思います。


定時制高校の出席日数が足りなくなって、通信制に転入した当時、わたしは追い込まれていた。
ここで卒業できなければ、もう行く場所がない。。。。通い始めてすぐにわかった事実。週に一度のスクーリングと呼ばれる授業がなかなか受けられない。学校に通い始めて半年経っても知り合いもおらず、友達も出来なかった。撮影現場にレポートを持っていっても、結局一ページも埋められず、締め切り直前まで、学校の図書室でレポートに追われていた。とにかく必死だった。(通信制はスクーリングとレポート提出が必須です)


ある日、いつもどおり食堂で給食を食べていたら、突然声をかけられた。
「一人で食べてるの?こっちで一緒に食べようよ」

その瞬間、わたしの中で何かが決壊した。わたし、とても寂しかったんだ。。。そう、気付いてしまった。だから声をかけられた瞬間、泣きそうになってしまった。

声をかけてくれたのはBさん。Bさんを通じて、知り合いがたくさん出来た。
Bさんは同い年、同じ12月生まれ。同じくらい小柄と共通点がいっぱいあった。しかし性格はまったく違う。これまでの人生経験も違う。近いのに、遠いひと。そんな彼女とわたしは友達になった。
そして色んな事がわかった。いかに自分が頑なだったか。周囲から距離を置かれていると思ったのは間違いで、わたし自身が檻を築いて、誰も近づけないようにしていたのだ。。。

やがてBさんはわたしよりも先に卒業してしまったが、その後も学校には知人が出来て、寂しい思いをすることはなくなった。

レポートやテスト前の勉強でうまくいかなくて悩んでいるとき、たまたま立ち寄った職員室で担任のK先生に、「中江さんは、もうちょっと人に甘えたほうがいいわよ」と言われ
「。。。甘えるって、どうやって甘えたらいいんですか?」
と、思わず聞き返してしまった。

その後、卒業したBさんに電話をし、現在の状況を説明すると、Bさんは自分が持っていた資料やらなんやら、役に立ちそうなものを一式くれた。
「返さなくてもいいよ。もし困ってる人がいたら、それをあげたらいい」
おかげで、わたしは無事単位を取得し、卒業の見込みがついた。

やがて迎えた卒業式の日、Bさんは学校にきてくれた。「いいじゃん、保護者みたいなもんだから」と。
帰り道、ふたりで卒業祝いと称し、ワインで乾杯した。

。。。わたしは卒業を目的として学校に通い、勉強をしていたのですけど、学校で出会ったBさんはじめ、K先生や他の知人友人を通じて、学校に通う楽しみとか、面白さを教えてもらった、という気がします。

2007年08月05日

夏。

暑い。。。朝目覚めてから、軽く頭痛がする。

気力を振り絞り、わたしと同じくらい萎れているだろう屋上の植物たちに水を運んだ。

あぁ、やっぱり萎れている。水のやりすぎはよくないけど、こんなにぐったりしている様子を見ていると、
朝夕水やりしたほうがいいのかな。。。その前に、屋上に水を運ぶ体力が。。。ないかも。

ふと見たら、黄色い花が咲いていた。。。。これ、何の花だっけ。。。忘れた。。。

でも、この猛暑の中、花を咲かせているのはえらい。頑張ってなにかしら実をつけようとしているんだもんね。

一度では足りず、二度屋上に足を運び、水をやったあと、その勢いのまま、やるべき家事をやってしまった。これですっきりした。そして脱力。。。


昨日は、小学校時代の友人にメールをした。あと当時の担任の先生にも電話した。
友人とは、ちょっと砕けた口調(大阪弁)メールだけど、担任の先生と話す時は、「ご無沙汰しております」とかなんとか、きちんと話そうとしている自分が笑える。半年ほど前、大阪でお目にかかった時は、結構砕けて話した気がするんだけど。。。

明日、日本テレビ系列「テージセー」(夜10時?)に生出演します。この番組は4週連続放映、埼玉のある定時制高校を舞台にしたドキュメント番組です。わたしが出演するのは第3回目です。
わたしは東京で一時定時制高校に通っていた時期があるので、この番組が始まった時、見たいような見たくないような複雑な気持ちでした。

わたしにとっての高校生活は、常に仕事とともにあり、いつどちらかを失ってもおかしくない、という危ういものだった。もっと言うと、仕事をするために東京に出てきたのだから、失うのは確実に学校の方。。。
そんな覚悟を持ちながら学校に通い、いつ自分がこの場所を失うのか、今月は通えるけど、来月は来れるのかわからない。。。仕事が順調になるほどに、いつもやめるか、続けるか、という選択にせまられていた。。。
結局わたしは出席日数が足りず、定時制から通信制高校に転入し、20歳の時卒業が叶った。たくさんの人に迷惑をかけて、意地を貫いて通った学校には、言葉にはできない思いがあります。


この番組に登場する生徒の皆さんは、それぞれの辛い事情を抱えながら、学校にこだわり続けています。
わたしが出るから、ということではなく、この番組をひとりでも多くの方に見ていただけたら嬉しいです。

2007年08月03日

三茶めぐり。

以前住んでいた世田谷区三軒茶屋に行った。

つい先日も、シアタートラムで「THE BEE」という芝居を観る為に出かけたが、今日は別件。

現三茶住人、メイクのピノちゃんのアトリエを訪ねた後、帰りにお気に入りのパン屋に行くと言ったら、ピノちゃんが見送りがてら、パン屋への近道を教えてくれた。

前回の芝居の帰りにも、このパン屋には寄った。住んでいるころもよく通った小さな小さなパン屋。多分店内に三人以上入れないだろう。わたしは特にチョココロネが好きだ。他にカレーパンもあんぱんもおいしい。

ピノちゃんに案内され、見知らぬ路地を歩く。住んでいるころは、まったく知らなかった路地裏通り。
ちゃんぽんが美味しい店だとか、常時100種類以上の酒を置いている店だとか(わたしにはあまり関係ないけど)、結構ディープな街だったのだな、わたしはほんの表面しか知らないままだった、と思った。

ピノちゃんと別れて、パン屋にたどり着いた。前回は残念ながら売り切れていたチョココロネ、今日はあった。あんぱんとブドウパンも買った。

街はずっと変わり続けているのだろうけど、自分が住んでいた時期がわたしにとっての「三軒茶屋」だから、知らない店が出来ていたり、古い店が閉じたりする変化を見ると、なんだか切なくなる。

昔住んでいた街は、いつ来ても懐かしい思いになるなぁ。。。

2007年08月01日

夕凪の街 桜の国

こうの史代さんの「夕凪の街 桜の国」を読んだ。

不思議な感情におそわれた。読み終わっても、しばらくこの思いがなんなのか、わからなかった。

そして涙があふれた。

もっと早く出会えたらよかったけど、きっと今読むべき作品だったのだと思う。