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大晦日ですね。日本海側は雪で荒れていると聞きました。
そちらの方面にいらっしゃる方々、どうかご無事にお過ごし下さい。
わたしの故郷大阪も、テレビの予報では雪が降るとか。。。
わが母が、滑って転んだりして腰を痛めないようあとでメールをしておくことにします。
無事年内の締め切りを乗り越え、静かに大晦日を過ごしています。
そして昨日の夕方買ったコミック版の「失われた時を求めて」を読んでいます。
帯には「世界文学史上不朽の名作」とあります。難解だ、とうわさに聞くのでどう言う物語なのか、未読のわたしには手を出すことが恐ろしく躊躇していたですけど、ブックレビューでちょこっと紹介した時に、ちらりと中身を眺めて「これをまず、入門書にしてみようか」という気になりました。
解説を含め約80ページあるのですが、まだ20ページしか読めていません。。。
あ、わたしにしては読みの速さが低スピードになっています。難解で読めないというわけではなく、進めようと思えば読み進められそうなんだけど、何度も同じページを読み直しては立ち止まり、気になるフレーズにぶつかって、考え込んでいるからです。
面白くてどんどん読めてしまう読書体験もいいのですけど、こういう迷路に入り込むような読書もいいです。読んで頭が疲れたら少し寝て、また起きてコーヒーを飲んでまた読書、という。
みなさんもそれぞれの大晦日をお迎えですね。
どうかよいお年を。来年またここでご挨拶いたしますね。
ちなみにブックレビューの新年一回目の放送は1月6日です。
それまでにダイヤリーは書くつもりではいますけどね。どうかよろしく。
大掃除や、帰省等でお忙しい日をお過ごしでしょうか。
わたしは久々に脚本を執筆しております。
昨年末も脚本を書いていたような記憶があります。
そろそろ今年という年を振り返ろうと考えます。
1月はサイン会をやりましたね。東京で二度。大阪で一度。集まってくださった方々とほんの一言ずつでしたが、お話できましたこと、嬉しかったです。きてくださった皆様、ありがとう。
2月下旬に発症した花粉症は症状がひどかった。花粉の量は大したことなかったそうですが、花粉症キャリア二年目のわたしにはきつかった。。。特に2月に大阪でCM撮影をしている時は、呼吸が出来ず、涙があふれてひどい状態でした。
4月でブックレビューも4年目に入りました。始めた当初は収録日前日はどこに行けないくらいガチガチに緊張しましたが、今はそんなこともなくなりました。緊張はするのですけど、緊張の質が変わったように感じます。体の芯がリラックスできるようになりました。そのせいか本番中に思考をめぐらす機会が増えました。
。。。と、まぁみじかくまとめてみました。短すぎですが、お許しを。
スケジュールを見直していたら、わたしはほとんど毎週同じようなことばかりしていています。
わざわざお話しするほどのことでもなかったな。上に書いたこと以外は。
あ、秋から「とくダネ!」に参加させていただくようになったのは、自分でも驚いています。。。
生放送のコメンテーター、わたし気の利いたことを短く話すことがものすごく苦手です。ですから最も向いていない、と思っていたので、初めてスタッフの方にお目にかかったときも、そう申し上げました。苦手意識が先立ち、及び腰なわたしに対しスタッフの方は
「ぼくたちは中江さんに友達になってもらいたいと思っていません。仲間になってください」
この一言を頂いて、参加させていただこうと前向きになりました。
仲良しの友達ではなく、同じ番組を作っていく仲間という言葉、心に響きました。
自分の仕事が何より素晴らしい、とは思っていません。どんな仕事も同じ重さを持っている。その中でわたしの仕事は、もしかしたら無くなったとしても誰も困るものではないと思います。
だからこそここまで仕事を続けていられることに感謝しています。
そして流れの激しい芸能界で、少しでも心を触れ合うことの出来る方々と出会えて、仕事をご一緒に出来ること。それもまた恵まれているのだろうと感じます。
今年の初めに自分にとって「仕事」とはどういう存在なのだろう、と考えてひとつ思ったこと。
仕事はわたしがどんな時でも、変わらない。泣きもしないし、笑いもしない。いつも同じスタンスで同じレベルのことを求めてくる。時にその態度は冷たく感じるけど、でもそのクールさに掬われることもある。
仕事を人に見立てたみたいですが。
では、また仕事に戻ります。ここに書いているのは、中江有里を知ってもらうための仕事といえば仕事みたいなものですけど、でもまったく無償で、無論ボランティアでもない。わたしから皆さんへの一方的な手紙のようなものです。
深夜からおめでとうメールをくださった方々、どうもありがとうございます。
ちゃんと朝、目が醒めましたでしょうか。
皆様のお祝いのお気持ちを心に、仕事に邁進しています。
こんな届けものがありました。
とくダネ!スタッフの皆様、ありがとうございました。携帯カメラで撮ったので、少々ボケておりますが、
綺麗なお花、うれしいです。
応援してくださっている皆様、そしてわたしを支えてくれる方々、本当に有難うございます。
こんなお祝いの言葉をたくさん頂いた日に、しんみりさせてしまうかもしれないけど、数年前の本日に亡くなった祖母に向かって伝えたい。
「わたしはこんなに多くの方々に支えていただいていますよ、とてもありがたいです。。。」と。
昨日から胃の具合があまりよくない。。。年末になるとこういう症状が出る事が多いので、胃痛がないだけましかもしれません。
年内の収録は終ったのですが、執筆業は残っています。パソコンの前で、無意識に頭を抱えている自分に気付いて、ぎょっとします。
もしもう一人自分がいたとして、頭を抱えているわたしを見たら。。。この人何やっているんだろう?と不思議に思うでしょうね。
いつまでも頭抱えてちゃパソコンを打てないので、頭はきちんとあげることにします。まずそこから始めないと。。。
夕刻、家に帰ってきたら玄関のノブにビニール袋がぶら下がっていた。
不在時に近所の友人が来たのだろうか、と袋を覗くとメッセージが。近所のお米やさんからだ。
「お誕生日おめでとうございます。大きな感謝の気持ちと、ささやかなプレゼントをお贈りします」
そうメッセージには書いてあった。
家に入ってから、包装をはがし中を確認したら、なんとお赤飯だった。
さすがお米屋さん。。。プレゼントがお赤飯とは。
ちなみにこのお米屋さん、季節によって有機栽培のジャガイモや若布をくれたりする。
重いお米を電話一本で運んでくれるだけでありがたいのに、誕生日プレゼントとは驚いた。
ひさしぶりにお赤飯を頂いた。いったい何年ぶりだろう。。。お赤飯、好物なのです。嬉しい。美味しかった。
出先で、不携帯電話であることに気付きました。
わたしは携帯電話をほぼ消音にしているので、着信があってもわからない事が多いです。
あの音がどうも苦手です。いつでもどこでも鳴り出すから。
それが携帯電話のよさなんですけど。
今日は携帯電話がないのだ、と開き直っていました。あっと思い出したように着信を確認することもなく過ごすのもいいものです。
青森での公開録画、無事終えて帰ってきました。
年内の放送分は、この公開録画で終わりです。今年を無事乗り切れて本当に良かったです。
わたしを支えてくださった全ての方に感謝。
このたび訪れた弘前は青森の中でも比較的温暖なところだと、タクシーの運転手さんから伺いました。山に近い空港は雪景色でしたが、街中は雪は見当たらず、でした。
クリスマス頃になると、雪が積もるそうですが、今年はどうなんでしょう。。。もっと雪景色が見たいな、と思っていたわたしは、運転手さんの次の言葉を聞いて、ちょっと考えて直してしまった。
もちろん真冬には除雪しなければならない、そのためにかかる費用が莫大であること。
運転手さんは「本当に、お金を捨てるようなもん」とおっしゃっていました。
青森は一泊で、そのほとんどが屋内にいたので、青森らしいところというのがあまり感じられませんでしたか、名産のりんごを差し入れていただきました。
おいしい。。。中が金色に光っていました。りんごってこういう味だったんだと感動しました。
もう一枚。
本番終了後。手に持っているのは書評ゲストの佐藤江梨子さんからいただいた卓上カレンダーです。
サイン入りでした。ありがとうございます。。。
それにしても楽屋前で写真を撮る確率が高いなぁ。。。
今朝は、青森のりんごジュースとりんごをむいて食べました。まだ青森にいる気分です。
明日、「とくダネ!」に出ます。お知らせでした。
大阪の小さな友人たちに一足早いクリスマスプレゼントを贈ったら、お礼の電話がかかってきた。
つくづく電話というのは、子どもとしゃべるのに適していないな、と思う。子どもの声は極端に小さかったり大きすぎたりして聞こえにくく、何度も聞きなおしてしまった。それでも三人の子どもたちとかわるがわるに話し、、最後に長男と話した。
来年になったら大阪に遊びに行くよ、といったら、すかさず
「今年来て」と言う。
「ごめんね。仕事が忙しくて、今年は無理なんだよ」
「じゃぁ、明日来て」
明日はまだ今年なんだけど。。。遊びに行くよ、と約束した手前、なんとか説得力のある答えをと探す。
「あのねお姉ちゃんさ、明日から青森行くんだよ。お仕事で。青森、どこかわかる?」
「知ってる。りんごの名産地。。。これから大阪に来て、朝一番に青森に行ったら?」
なんだか胸が痛くなってきた。。。来年なんてすぐにやってくると思ったけど、彼には一日千秋の思いなのだろう。約束は守るつもり。けどあんまり早くに約束しちゃいけないのかもしれない。
「明日がダメなら、あさって来て。あさってがダメなら、昨日来て」彼はそう言う。
。。。昨日は、もう終っちゃったから行けないよね。でも時間を巻き戻せるなら、昨日行きたかったな。
しばらく同じような会話が続いた。返事に窮することもあったけど、でも楽しかった。
長い電話を切った後、急に目が潤んた。彼らが逢いたい、と思ってくれて嬉しいけど、本当はわたしの方が逢いたいのだ、多分。でも逢ったら、その後の別れが辛いんだろう。逢う前から別れる瞬間を想像して泣けてきた。逢うまでと、一緒にいる時間が楽しかったら、本当はそれでいいのかもしれないけどね。
さ、来年の大阪行きをいつにしようか、思案しようっと。
昔読んだ漫画の中で、「エスケープ」というセリフがでてきました。
「エスケープ?」当時のわたしは、言葉の意味を知らず、漫画の主人公達が(自分より年上の中学生か高校生)授業を抜け出す様子をみて、なんだかドキドキ。小学生だったわたしには、授業を抜け出すことなど思いつきもしませんでした。
その数年後、友人と連れ立ってエスケープなるものをしてみました。が、あまり後味の良いものではなかったので、数えるほどしかやりませんでした。
昨日突然その言葉を思い出し、本当は本を読んだり、執筆する予定だったのだけど、ふとエスケープしてみました。
念のためにいうと、わたしは守れない約束はしないので、守れる締め切りしかかかえておりません。
というより、締め切りを守れなければ、信頼してもらえず仕事も来なくなる、と危機感があるのです。
今のしわ寄せは確実にあとから来ることもよくわかっています。しかし今日一日の遅れは取り戻せるだろう、と考えてのエスケープでした。
どこに行ったかはあえて言いませんが、お酒を飲むわけでもなく、物を壊すわけでもなく、平和にのんびりと過ごしていました。たまにエスケープは必要だな、と思いました。
いつからか、離れて暮らすようになってからの時間が、一緒にいた頃よりも長くなりました。
旦那さんがケーキを買って来てくれた、と嬉しそうなメールが届きました。
よかったねぇ。本当に。
誕生日おめでとう、ママ。
先日のこと、メイクを落とすときに使うイオンスチーマーのコンセントをさし込み、電源ボタンを入れたところ、何の反応も起こりません。「アレッ?」と思い、一度電源のボタンをオフ状態に戻し、コンセントを抜いて再び同じようにやってみたけど、電源が入りません。。。
念のため、コンセントの口を変えてみたりしたけど、反応なし。他の電化製品は動くので、機器の問題だろうと、思いました。
次の日、メーカーに連絡する前に念のためもう一度コンセントをさし、電源ボタンを押しました。
すると、動きました。いつもどおり。
「なんで。。。昨日、全然動かなかったくせに」と思わず機器に突っ込みを入れました。
まぁ、昨日は機嫌が悪かったのかも、と思いつつ、そういえば前も同じような事があったなぁ、と思い返しました。
我が家にはマッサージの機器があり、肩こりがひどいときには重宝しているのですが、これも一時期コンセントをさして電源を入れてもちっとも動いてくれない時があったのです。
「あーぁ壊れたんだ」と思ったのですが、当時忙しすぎて修理のことをすっかり忘れていたのですけど、しばらくしたら動き出しました。。。。なんで?
で、今朝。ブックレビューの放送を観終わってから、軽い頭痛を感じ、ひどくなる前にマッサージ機にかかってみようか、とコンセントに手を伸ばし、口にさし込む瞬間、
「また電源が入らなかったら、どうしよう。。。」とそんな不安がよぎりました。
不安は的中。。。コンセントをさし込み、電源を押しても反応がない。
。。。悲しくなってくる。自分が電化製品の命を奪っているような気がしてきた。それともわたしは触るだけで機械のご機嫌を斜めにしてしまうのか。。。どっちにしても嫌な感じだ。
あきらめて、マッサージ機でごろんとするだけにしようと思ったが、しばらくしてから再びコンセントをさしてみたら、機械は動き出した。
「機嫌を直してくれたんだ!。。。よかったぁ」
こんな事があったからというわけでもないけど、わたしは機械類には、使う人間の感情が伝わっているように思えてならないのです。
自動車に乗っているとき決して「新しい車に買い換えたいなー」などと言ってはいけません。
ちゃんと聞いているに違いない。車に乗っている人間の言葉を。。。
前回のダイヤリーの最後に書いたのはスイカ、ではなく、パスモのことです。間違えました。
ダイヤリーを読んだ妹から
『まだパスネットを使っているなんて。。。君らしいね』と言われました。
パスモ、欲しいんですけど、パスネットとスイカで事足りるので、買うに至っていないのです。
ちなみにスイカは持っています。
わたしはスイカのペンギンのキャラクターが好きで、新幹線を利用する際、ホームの売店キオスクをのぞいてしまいます。キオスクにはスイカペンギングッズが売っています。先日、大判のハンカチとレターセットを買ってしまいました。。。
さて、12月は締め切りが早いです。いつもより十日近く早いものもあります。頑張ります。ちなみに最後の締め切りは、26日です。
ブックレビューは次の放送で777号を数えます。
ちなみにわたしがは司会として参加したのが、611号でした。早いもので、参加して早四年が過ぎようとしています。
次々回はお休みで、23日は青森県弘前市からの公開録画でお送りします。これが年内最後の放送になります。
ということで、年内の収録も残り少なくなりました。来年一月分の本は続々と届いているのでその準備はあるのですけどね。
でも一年が過ぎて、新しい一年が始まっても、自分は何も変わっていない。いつも時間においていかれるようにも思います。
次回のブックレビューのゲストでいらっしゃった分子生物学者の福岡伸一さんがおっしゃっていた言葉が、置いてけぼりのわたしを励ましてくれるようでした。放送、ご覧になってくださいね。
上野の美術館をめぐろうと、家を出てから財布の中身を確認したら、1万円入っていた。
「足りるだろうか。。。」少しばかり不安になったけど、クレジットカードもあるし、銀行でお金をおろすまでもないだろうと思い、そのまま出かけた。
フィラデルフィア美術館展とムンク展を観て、合間に遅いランチを取り、お茶を飲んだ。それぞれ気に入った絵画の葉書をいくつか買い、フィラデルフィア出身のローズ・オニール(キューピーの作者)とコラボしたフィラデルフィア美術館展限定のキューピーを買ってしまった。。。また増えたキューピー。最近随分熱が下がっていたというのに。
上野からの帰りに寄ったデパートで、友人の子供に喜ばれそうなぬいぐるみを見つけたので、買う。ついでにクリスマスオーナメントも買った。これもプレゼントにしようっと。
そして財布を見たら。。。千円が一枚。レシートの合間で申し訳なさそうにそこにあった。
今日一日でわたしは何を買い、どうお金を使ったのだろう。。。ぬいぐるみ以外はたいした荷物にもならなかったので、気付かなかった。
子どものころは、財布を持って出かけることはなかった。
持っていたとしても小銭程度で、ポケットに入れるか小銭を握り締めて買い物に行った記憶がある。
そんな子どもにとって、千円は大金で、千円あれば無敵、って気分になった。
なんだったんだろう。あの高揚感。。。
無敵だったあの頃を思い出したら、元気になってきた。大丈夫。無事に帰れる。
明日の朝食べようと、いくつかパンを買って「1080円」。小銭はいくらかある。千円と100円払い、おつりは20円。財布にはもう小銭しかない。
でもパスネットはあるし、バスカードもあるから大丈夫。これがあればちゃんとうちにはたどり着ける。
早くスイカ(JR東日本のICカード。これ一枚で電車もバスも乗れます)が欲しいなぁ。。。
このダイヤリーを書きかけては、消し、書きかけては、消しを繰り返して、結局書けない日が続いていた。
理由は、うーん、何を書いていいのか悩んだからですね、多分。
書くべき事がないから書けなかったんでしょうけど、でも楽しみに読んでくださっている方々には、楽しみを奪っているようで申し訳ないとも思います。
まだこのHPを作って頂く前(クリプトメリアさんに、です)、自分で作っていた頃はいまほどブログと呼ばれるネット上の日記はなかったような気がします。
わたしはこのダイヤリーというネーミングで身辺雑記のようなものを書き始めたのは、自分の言葉で書いてみたい、と思ったからです。それまでは自分の言葉でタイムリーに伝えられる媒体、なかったですからね。
しかし人様にお見せするものですから、自分なりに検閲が入ります。思いのまま、書いていいこともあれば、そうでないこともある。だからわたしにとってダイヤリーを書くことは、勇気とエネルギーが必要です。
こんなことを書いたからといって別にやめてしまうわけではありませんよ。
ただ自分に対し、そして読んでくださっている皆さんに今の気持ちを伝えたい、と思いました。
更新が滞ったら、「書くことないんだな」とか「エネルギー不足なんだ」と思ってくださると幸いです。
元気な時は、それなりに更新しようと頑張りますので。あ、締め切り前や執筆に煮詰まっている時も、なかなか書けなかったりします。それでも気分転換に書けるときは書いてみますね。
今日の『とくダネ!』、そして先日の『週刊文春』のエッセイの感想、ありがとうございます。
どこかで見てくださっている人がいる、というのがわたしの勇気、エネルギーになります。
お返事は出来ませんけど、ちゃんと読ませてもらっています。感謝。
NEWSのコーナーにも書きましたが、明日掲載予定でした朝日新聞「ブックサーフィン」内の『マンスリー・ブックマーク』、一週遅れて12月9日の掲載となりました。お知らせが遅くなりまして、すみません。
親知らずの痛みが治まったところで、歯の定期健診へ行って来ました。
予約した時間より、かなり早めに着いたところ、治療で泣き喚く子どもの声が響き渡っていました。
「痛い、痛い」と子どもは泣いている。「まだ何もしてませんよ」と先生は言う。
あの機械のキーンという金属音を聞くだけで、痛い気がするのはわかります。。。
なじみの歯科衛生士の女性と治療の合間にお話していたら、親の治療に幼い頃から同行してきた子は、自分の治療の際もあまり金属音を怖がらないらしい。。。慣れてしまうようですね、あの金属音に。そして親が黙って治療している姿を見ると、そう怖いものに感じない、とかね。
『歯の磨き方が上手ですね。上級者です』と歯科衛生士の方に褒められて、
「そうですか。。。きっと道具がいいからです」と答えました。
わたし、歯ブラシと歯磨き粉にはこだわっています。デンタルフロスも使ってるし。
「道具がいくらよくても、使う人によりますよ」
俳優の高倉健さんが書いた「あなたに褒められたくて」を読んだ時、多分わたしは高校生くらいだったというけど、
「大人になっても、誰かに褒められたいという気持ちはあるのだなぁ」と思いました。
ただ、褒められることは、次に貶されることももあるので、「褒められた」と喜んでばかりもいられない、のです。
だから褒められると、なんだか居心地が悪く、恥ずかしく、照れくさい。そして次に貶されるのは怖い。
貶されることを恐れては何も出来ないのでしょうが。。。
歯の磨き方のように、長年かけてじっくり守ってきたものを褒められるのは、嬉しいものです。